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世界音楽化

World Musicking

池田光穂

★ 世界音楽化(world musicking)とは、世界のさまざまな音楽の集合体から、スタイル=様式を流用(appropriation)し、自分たちが直面している「文化」 の文脈(=コンテンツ、内容)のなかに押し戻す行為のことを言う。世界音楽化という言葉を概念を理解するために、その合成語を、音楽化と世界音楽という2 つの用語の歴史をたどる必要がある。

☆音楽化(ミュージッキング, Musicking)は、クリストファー・スモールが、同名の書物により、1998年に提唱したことばである。ミュージッキングは、演奏、リスニング、リハーサル、作曲など、音楽演奏に関わるあらゆる活動(ウィキショナリー)の ことであるが、とりわけ重要なことは、これまで音楽は演奏中心、あるいは演奏者中心で考えられてきたが、そこに、聴取者が音楽を消費するというアクション が込められていることである。これは、21世紀の世界音楽(world music)という市場を支えている大きな原動力であり、そのような、多くの聴取者がいるからこそ、演奏家や作曲家が、聴取者のことを考えて古典的な ミュージッキングを実践したことが、より、幅のひろい活動に代わり、音楽というものが、まさに、人類の共通の文化として、確立したからなのである。

☆他方、世界音楽(ワールドミュージック, world music)は、インドネシアを専門とする民族音楽学者ロバート・E・ブラウンによる造語であるが、これは彼が勤めていたウェ ズリアン大学で、授業の一貫として、世界のさまざまな伝統音楽の演奏家を集めて、かつコンサートをしたために「世界のさまざまな伝統音楽の集合体」という 意味を込めたものだった。この場合の、世界音楽には、世界の中心あるいは盟主として自負する西洋のクラシック音楽や西洋現代音楽などは含まれない。(現在イリノイ大学には"︎"がある)。

★しかし、ここでいう世界音楽化という用語における世界音楽は、そのような、狭量な意味を持たせない。ここでの世界音楽とは、むしろ、ロバート・ブラウンの「世界のさまざまな伝統音楽の集合体」という古典的な定義を、改良して「世界のさまざまな音楽の集合体」 という意味として捉える。そして、芸術としての音楽の内容について、議論するのではなく、むしろ、先に、形式や様式の、インターネットの世界におけるリア ルタイムにおける世界流通という現象に目を向ける。音楽という芸術を、内容ではなく、形式として世界音楽化という現象に注目するのは、スーザン・ソンタグの『反解釈』の議論からそのアイディアを流用したからである(→ソンタグ「様式=スタイルについて」)。

☆世界音楽化について研究すると、どのようなことをいうのであろうか?例えば、レゲトンのラテンアメリカ域内ならびにグローバルな流通の実態を考えるために、レコードやCD時代に嚆矢をもつ世界音楽化(world musicking - これはChristopher Small, 1998 から作った申請者による造語)がインターネットの普及で、リアルタイムで世界の若者(z世代)に文化の自由な流用を可能にした実態の文化研究文化人類学文化社会学)が必要なこと、である。

★Any activity involving or related to music performance, such as performing, listening, rehearsing, or composing.
演奏、リスニング、リハーサル、作曲など、音楽演奏に関わるあらゆる活動(ウィキショナリー)。
Musicking
In his book of the same title (Musicking, 1998), Small argues for introducing a new word to the English dictionary – that of musicking (from the verb to music), meaning any activity involving or related to music performance. According to his own definition,

To music is to take part, in any capacity, in a musical performance, whether by performing, by listening, by rehearsing or practicing, by providing material for performance (what is called composing), or by dancing. We might at times even extend its meaning to what the person is doing who takes the tickets at the door or the hefty men who shift the piano and the drums or the roadies who set up the instruments and carry out the sound checks or the cleaners who clean up after everyone else has gone. They, too, are all contributing to the nature of the event that is a musical performance.[3]

In expanding his ideas presented in his earlier book (Music, Society, Education, 1977), Small continues to demonstrate that musicking is an active way in which we relate to the rest of the world.

The act of musicking establishes in the place where it is happening a set of relationships, and it is in those relationships that the meaning of the act lies. They are to be found not only between those organized sounds which are conventionally thought of as being the stuff of musical meaning but also between the people who are taking part, in whatever capacity, in the performance; and they model, or stand as metaphor for, ideal relationships as the participants in the performance imagine them to be: relationships between person and person, between individual and society, between humanity and the natural world and even perhaps the supernatural world.[4]

Another book by Small is Music of the Common Tongue: Survival and Celebration in African American Music (1987), he discusses Africans and Europeans and the Making of Music. His main highlights were 1. Characteristics of African social life and 2. Europeans and the effects of slavery.

ミュージッキング
スモールは同タイトルの著書(『Musicking』1998年)の中で、英語辞書に新しい単語を導入することを主張している。彼自身の定義によれば

演奏すること、聴くこと、リハーサルや練習をすること、演奏のための素材を提供す ること(いわゆる作曲)、あるいは踊ること。時には、当日券を取る人、ピアノやドラムを移動させる屈強な男たち、楽器をセッティングしサウンドチェックを 行うローディー、皆が去った後を掃除する清掃員まで、その意味を拡大することもあるだろう。彼らもまた、音楽演奏というイベントの本質に貢献しているのだ」[3]。

スモールは、以前の著書(Music, Society, Education, 1977)で提示した考えを発展させながら、音楽を演奏することが、私たちが他の世界と関わるための能動的な方法であることを示し続けている。

「音楽を奏でるという行為は、それが行われている場所に一連の関係を築 き、その関係の中にこそその行為の意味がある。そしてそれは、演奏の参加者が想像するような理想的な関係、すなわち人と人との関係、個人と社会との関係、 人類と自然界との関係、そしておそらくは超自然的な世界との関係をモデル化する、あるいはそのメタファーとして成り立つのである」[4]。

スモールによるもう一冊の本は、『共通語の音楽』(Music of the Common Tongue)である: アフリカ系アメリカ人の音楽における生存と祝祭』(1987年)で、彼はアフリカ人とヨーロッパ人、そして音楽の作り方について論じている。彼の主なハイ ライトは、1. アフリカの社会生活の特徴、2. ヨーロッパ人と奴隷制の影響。

 [3] Small, Christopher (1998). Musicking: The Meanings of Performing and Listening. Hanover: University Press of New England. pp. 9. ISBN 978-0-8195-2257-3.
[4] ibid. p.13
is an English phrase for styles of music from non-Western countries, including quasi-traditional, intercultural, and traditional music. World music's inclusive nature and elasticity as a musical category pose obstacles to a universal definition, but its ethic of interest in the culturally exotic is encapsulated in Roots magazine's description of the genre as "local music from out there".[1][2]

This music that does not follow "North American or British pop and folk traditions"[3] was given the term "world music" by music industries in Europe and North America.[4] The term was popularized in the 1980s as a marketing category for non-Western traditional music.[5][6] It has grown to include subgenres such as ethnic fusion (Clannad, Ry Cooder, Enya, etc.)[7] and worldbeat.[8][9]

ワー ルド・ミュージックとは、非西洋諸国の音楽スタイルを指す英語表現で、準伝統音楽、異文化間音楽、伝統音楽などが含まれる。ワールド・ミュージックの包括 的な性質と、音楽のカテゴリーとしての弾力性は、普遍的な定義の障害となっているが、文化的にエキゾチックなものへの関心というその倫理観は、『ルーツ』 誌がこのジャンルを「向こうのローカル・ミュージック」と表現したことに集約されている[1][2]。

この「北米やイギリスのポップやフォークの伝統」[3]に従わない音楽は、ヨーロッパや北米の音楽業界によって「ワールド・ミュージック」という用語が与 えられた[4]。 この用語は、非西洋の伝統音楽のマーケティング・カテゴリーとして1980年代に広まった[5][6]。 エスニック・フュージョン(クラナド、ライ・クーダー、エンヤなど)[7]やワールドビート[8][9]といったサブジャンルを含むまでに成長した。
The term "," meaning folk music from around the world, has been credited to ethnomusicologist n, who coined it in the early 1960s at Wesleyan University in Connecticut, where he developed undergraduate through doctoral programs in the discipline. To enhance the learning process (John Hill), he invited more than a dozen visiting performers from Africa and Asia and began a world music concert series.[1][2]

The term became current in the 1980s as a marketing/classificatory device in the media and the music industry.[3] There are several conflicting definitions for world music. One is that it consists of "all the music in the world", though such a broad definition renders the term virtually meaningless.[4][5]

The term also is taken as a classification of music that combines Western popular music styles with one of many genres of non-Western music that are also described as folk music or ethnic music. However, world music is not exclusively traditional folk music. It may include cutting edge pop music styles as well. Succinctly, it can be described as "local music from out there",[6] or "someone else's local music".[7] It is a very nebulous term with an increasing number of genres that fall under the umbrella of world music to capture musical trends of combined ethnic style and texture, including Western elements.

世 界各地の民族音楽を意味する「ワールドミュージック」という言葉は、民族音楽学者ロバート・E・ブラウンが1960年代初頭にコネチカット州のウェズリア ン大学で考案したものとされている。学習プロセス(ジョン・ヒル)を強化するため、彼はアフリカやアジアから10人以上の客演演奏家を招き、ワールド・ ミュージック・コンサート・シリーズを始めた[1][2]。(現在イリノイ大学には"︎"がある)

ワールドミュージックという言葉は、1980年代にメディアや音楽業界におけるマーケティング/分類装置として広まった[3]。1つは「世界中の全ての音楽」から成るというものだが、そのような広範な定義はこの用語を事実上無意味なものにしている[4][5]。

この用語はまた、西洋のポピュラー音楽のスタイルと、民族音楽や民族音楽とも表現される非西洋音楽の多くのジャンルのうちの1つを組み合わせた音楽の分類 としても捉えられている。しかし、ワールドミュージックは伝統的な民族音楽だけを指すわけではない。最先端のポップミュージックスタイルも含まれる。簡潔に言えば、「向こうのローカルな音楽」[6]、または「他人のローカルな音楽」[7]と表現することができる。非常に曖昧な用語であり、西洋の要素を含む民族的なスタイルと質感を組み合わせた音楽的傾向を捉えるために、ワールドミュージックの傘下に入るジャンルが増えている。













日本が、世界音楽化について、遅れているのは、日本のデジタル化の遅れそのものであるという主張すらある(山口哲一 Online)

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